仏教のことをものすごく簡単に説明

・仏教

 

ここのところ、

お寺の話が続いているので、

ついでといってはなんですが、

仏教の話もしてみます。

 

仏教というのは、

仏の教え、であるとともに、

仏になるための教え、

とも言われます。

 

だから、仏教は祈りの宗教ではないんです。

どこまでも実践の宗教なんですね。

 

 

こんな歌があります。

「分けのぼるふもとの道は多けれど 同じ高嶺の月を見るかな」

※言い回しのちょっと違う同じ趣旨の歌がいくつかあります。

 

登り口は違っても、結局同じところに行きつくという意味です。

 

現代の仏教は、

昔からある代表的なもので、

十三宗

といわれます。

華厳宗(けごんしゅう)

法相宗(ほっそうしゅう)

律宗(りつしゅう)

※上記3つは関東ではほとんど聞かないと思いますので、
ここでの説明は割愛します。

 

【密教系:加持祈祷をする】
真言宗(しんごんしゅう)
天台宗(てんだいしゅう)

【法華教系:南無妙法蓮華経を唱える】
日蓮宗(にちれんしゅう)

【浄土系:極楽浄土思想、南無阿弥陀仏を唱える】
浄土宗(じょうどしゅう)
浄土真宗(じょうどしんしゅう)
融通念仏宗(ゆうずうねんぶつしゅう)
時宗(じしゅう)

【禅宗系:坐禅を組む】
曹洞宗(そうとうしゅう)
臨済宗(りんざいしゅう)
黄檗宗(おうばくしゅう)

 

これは、簡単に言えば、

仏になるための手段が違うんです。

 

まだこの十三宗がなかったころ、

一番初めにできたのは「天台宗」でした。

平安時代頃です。

 

ここは仏教の大学のようなところで、

ここで学んだ人たちが、

後のたくさんの宗派を作り上げていきます。

 

平安時代から次の鎌倉時代にかけての時代です。

このころは日本仏教全盛の時代です。

天台宗の開祖は「最澄」という人でした。

この人の7つ年下のお坊さんに

「空海」という人がいました。

弘法にも筆のあやまり

と歌われる「弘法大使空海」です。

高野山真言宗の開祖であり、

四国遍路を作った人でもあります。

 

天台宗と真言宗は「密教系」と呼ばれます。

火をたいたり祈ったりするイメージの密教です。

天台宗のすぐ後をおって、

真言宗ができます。

 

最澄と空海は、遣唐使として一緒に中国へ送られて密教を学んだんです。

ただ、結果的に、教義として合わない所が二人にはありましたが、

それはまた別の話です。

 

高野山と比叡山が特に規模も大きく有名なのは、

そんな時代背景と、当時の国の命を受けての開山だったからですね。

 

そして、話は続きまして、

比叡山で学んだ人たちの中には、

比叡山での教えに疑問を持ち、独自に理論を発展させる人や、

もっと本物の仏道を学びたいと考える人が出てきました。

※当時の仏教の本場は中国です。

 

そうして、比叡山を飛び出し、

新しい教えを広めはじめたり、

中国にわたり、本物の教えを探し、見つけ、

持ち帰ってくる人たちが出てきました。

 

「浄土宗」の法然

「浄土真宗」の親鸞

「曹洞宗」の道元

「臨済宗」の栄西

「時宗」の一遍

「融通念仏宗」の良忍

「日蓮宗」の日蓮

などです。

 

ちなみに、黄檗宗は開祖の隠元が臨済宗を名乗っていたんですが、

なぜ黄檗宗の開祖になったのでしょうか。

 

隠元さんはもともと中国の人だったんですね。

臨済宗は栄西が中国で学び、

日本に持ち帰った宗派なのですが、

隠元さんはもとの中国の型の臨済宗を学んでおり、

同じ臨済宗でも栄西が日本に広めたものとは、

ちょっと気風が違ったようです。

そのため、隠元さんの臨済宗は黄檗宗という宗派として

引き継がれていくことになるんですね。

 

ちなみに、インゲン豆はこの隠元さんから来ているようです。

昔のお坊さんから名前をとっているものってたまにありますね。

例えば「たくあん」は、吉川英治作『宮本武蔵』にも登場する、

実在の人物「沢庵宗彭」から来ているといわれます。

沢庵禅師は徳川家光の大のお気に入りだったといわれています。

 

さて、こんな風に様々にある宗派なのですが、

結局は方法論の違いだけで目指す場所は同じです。

 

坐禅か、念仏か、お題目(日蓮宗では南無妙法蓮華経をお題目と呼ぶ)か、密教か、手段が違うだけなんですね。

 

つまり、時代が変わることによって価値観が多様化して、

どんな人にも仏となる道が開かれたということです。

 

仏になるというと、死をイメージしますが、仏教では死んだ人のことを仏というのではありません。悟った人を仏といいます(※厳密にいうと、悟ってない人もそもそも仏なのですが、そこには踏み込みません)。本来は生きているうちに悟りを完成させなければならないのですが、それがかなわず死んでしまった人には、せめて死後には仏として送り出そうという考え方です。

 

ただ、これらの宗派には、

表立っては語られることのない

裏の本当の教義があるんです。

 

それは、開祖がやっていることと、

言っていることを見れば明らかなのですが、

知っている人はほとんどいませんね。

 

もし、仏教にこれから興味をお持ちになる方がいれば、

是非本当の教義を探してみてください。

 

以上、思いつくままに書いてしまったのですが、

仏教を調べてみるきっかけになってくれたら嬉しいです。

 

ちなみに、僕は仏道修行はしますが、

仏教徒ではありません。

 

それはなぜか、

そもそも仏教は、

仏門に門なし

といわれるように、

入り口や出口があるわけではないのです。

 

それぞれがそれぞれの道に精進し、

道理に従い生きること、

それがそのまま仏教であり、

仏道なんです。

 

だから、本当に仏道がわかっている人が見ると、

キリスト教徒もしっかり仏道を歩いているんですね。

 

仏道は、道理に依って自らの道を進むことを言います。

 

そこにはもはや、宗派や宗教なんて言う枠はないんです。

 

 

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